お腹も満たされたところで、さあ、いよいよ八坂神社へ!
この日も境内にはお祭りの屋台が並び、朝から多くの人々で賑わっていましたが、やはり午前の神社は空気が全く違うなと感じました。
やっぱり清々しい。
太陽の光が神々しく感じられました。
まずは蘇民将来さんにご挨拶

屋台の裏に、昨日の猿田彦大神とは別のお宮が目に入りました。
どなたが御祭神だろうと見てみると、そこには「蘇民将来(そみんしょうらい)」のお社が。
蘇民将来をお祭りしているお宮には、初めての出会いです。
説明しよう(‘ω’)ノ
蘇民将来とは、素戔嗚尊(スサノオノミコト)が旅の途中で宿を探していたところ、ある裕福な男の家にお願いすると断られてしまったのですが、次に、その裕福な男の兄であった蘇民将来にお願いすると、蘇民将来は貧しいながらも快く素戔嗚尊を招き入れ、精一杯のおもてなしをした、というお話です。
素戔嗚尊は蘇民将来の気持ちに感動し、
「茅で作った輪を腰につけておけば、子孫代々にわたって疫病や厄災から逃れられるぞ」
と告げました。
これが、茅の輪による厄除けや、蘇民将来の護符の起源となったという伝説です。
つまり、このお話が夏越の大祓や祇園祭にもつながっているわけです。
蘇民将来さんが誠心誠意を尽くしてくださったおかげで、私たちも素戔嗚尊様のご利益にあやかることができているというわけです。
これは絶対にご挨拶しなければなるまい。
ということで、しっかりお参りさせていただきました。
そして、気になる「えべっさん」

お祭りの屋台を抜けたあたりには、「蛭子(えびす)様」のお宮があります。
えびすさんと言えば、七福神のお一人としても、とっても馴染みのある神様ですよね。
ニコニコとふくよかなお顔で、鯛と釣り竿を持っている、あのえびす様です。
商売繁盛の神様として慕われていますね。
ところが、このえびす様。
実はいくつものエピソードを持つ、とってもミステリアスな神様なのです。
「えびす」には、蛭子、恵比須、恵比寿、戎など、いくつもの表記があります。
そして八坂神社の「北向蛭子社」は、名前には「蛭子」とありますが、御祭神は事代主神(ことしろぬしのかみ)。
俗に「えべっさん」とも呼ばれ、商売繁昌の神様として信仰されています。
ここからが、またややこしい。
蛭子様=事代主様?そして大国主神の息子さん

事代主神は、大国主神の息子さんです。
大国主神と言えば、出雲大社にお祭りされている、あの超有名な神様です。
ちなみに大国主神は、古事記では素戔嗚尊の六世の孫とされ、八坂神社の公式サイトでも「素戔嗚尊の六世にあたる孫神」とされています。
このあたり、神話の世界はもう、
時間軸がバグりまくってるんですけど、そういうことなんです。
しかも大国主神には、たくさんの妻がいます。
その中には、素戔嗚尊の娘である**須勢理毘売(スセリビメ)**もいます。
……と、こうやって系譜を追っていくと、どんどん人間関係が複雑になっていくんですよね。
神話、相関図が欲しい(笑)。
そして、その大国主神の息子さんが事代主神。
この事代主神が、国譲り神話で重要な役割を果たします。
「国譲り」で、まさかのあっさり承諾

かつて天津神と国津神の間には、地上世界をめぐる大きな物語がありました。
いわゆる「国譲り」です。
大国主神が治めていた葦原中国(あしはらのなかつくに)を、天津神側に譲るよう求められたわけです。
そこで大国主神は、
「私はもう第一線降りちゃってますんでぇ~、息子にも聞いてみんと、なんとも言えんですねえ~。どや?事代主よぉ?」
という感じで、息子の事代主神に判断を委ねます。
すると事代主神は、
「お父様がいいと思うんなら、いいんじゃないでしょうか。譲りましょう」
と、あっさり承諾。
そして船を踏み傾け、手を逆さに打って青柴垣を作り、ピューっとその中に隠れてしまったとされています。
……なんというか。
潔い。あっさりすぎ。
潔いんだけど、ちょっと謎なんですねえ。
「はい、わかりました。じゃ、そういうことで」
みたいな感じで、船ごと海に消えていく。
いや、どういうことなん(笑)。
そして「蛭子(ひるこ)」という、もう一つの謎

さらにややこしいのが、この「蛭子」という名前です。
「蛭子」は「えびす」とも読めますが、「ひるこ」とも読めます。
そして『古事記』の「国生み」の物語には、イザナギノミコトとイザナミノミコトの間に生まれた最初の子として、**蛭子(ひるこ)**が登場します。
ところが、この蛭子はうまく育つことができず、二人はこの子を葦の船に乗せて海へ流してしまうのです。
この「蛭子」が、後に「えびす」と結びつけられたのではないか、とも考えられています。
一方で、えびす様は事代主神と同一視されることもあります。
つまり、
蛭子=えびす=事代主神?
となるわけです。
ただし、これは「最初から同じ神様だった」という単純な話ではなく、えびす信仰の中で後から結びついていったものとも考えられています。
となるとですよ。
海という神聖な世界に帰っていった「ひるこ」が、後に転生して事代主命となったのか!?
いや、はたまた海を流れていった先で誰かに拾われて、大切に育てられたのか!?
いずれにしても、時間軸のバグリを無視して考察は膨らむのであります!!(興奮!)
実際、えびす信仰には大きく「蛭子」をえびすとする系統と、「事代主神」をえびすとする系統があるともされています。
だから八坂神社の北向蛭子社が「蛭子社」という名前なのに、御祭神は事代主神というのも、こうした「えびす信仰」の複雑さを知ると、なんとなく見えてくるような気がします。
それでは、なぜ「えびす様」は商売繁盛の神様なのか?

では、なぜこの「えびす様」が商売繁盛の神様として、こんなにも広く信仰されるようになったのでしょう。
えびす様は、もともと漁業や海と深く結びついた神様として信仰されてきました。
海からやって来るもの、海からもたらされる恵み。
それがやがて、福をもたらしてくれる神様として信仰され、さらに商売繁盛の神様へとつながっていったと考えられています。
そして私には、えびす様って、なんだかとても面白い神様に見えるのです。
いくつもの異なる物語を背負い、
海からやってきた神とも言われ、
蛭子とも呼ばれ、
事代主神とも結びつき、
国譲りという大きな物語の中では、父・大国主神とともに国を譲る側に立った神様。
そして、そんな複雑な物語を背負いながらも、現代では鯛を抱えてニコニコ笑っている。
なんとも不思議な神様です。
いろんな困難や苦難を乗り越え、父と力を合わせて地上界を豊かに作り上げ、海とも深く結びつき、豊かな恵みをもたらしてくれた。
そして、苦労を背中に背負いながらも、ニコニコご機嫌にやってきた「えびす様」。
そんな姿に、商売人の皆さんも「えびすさん」へのリスペクトを重ねたのではないかと、私は思うのです。
「蛭子神」「事代主神」についてのエピソードは、調べれば調べるほど、いろいろな説や考察が出てきます。
ご興味あれば、あなた様もぜひ深掘りしてみてください!
まだ本殿にたどり着いてません(笑)

ああー、まだまだ本殿にたどり着いてないのに、こんなにも文字数を費やしてしまった!
一体このブログは「真夏の京都ひとり旅」、ナンバーいくつまで続いていってしまうのでしょうか!
ちなみに、ここ八坂神社は、私の今回の京都旅で一番の目的地だったのですが、期待に違わず、足を踏み入れた瞬間からワンダーランド!
神話オタクにとっては、ディズニーファンにとってのディズニーランドくらい、ワクワクが止まらないワールドとなっておりました。
てなわけで、次回はなんと、事代主命のお父上様のお社を発見!
まだまだ神話オタク女は語ります!

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